タイBL、タイドラマに浸かる日々|サバイなブログ

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タイドラマ「10 Years Ticket」一話・二話

なぜ姉は幽霊となってこの家に居着いてしまったのかを紐解く過程で社会問題を浮かび上がらせていく「Happy Birthday」

「虐め」「自殺」といったヘビーなテーマを内包していたラブストーリーの「Who Are You」

常に現代社会の問題を先の読めないサスペンスとして描いていく映像作家Kannithaさんの新作がこの「10 Years Ticket」。

 

 

 

物語はタイトルが語るとおり10年前、2013年から開始します。

家が近所で家族同然の付き合いをしていた4つの世帯。

ドラマの冒頭では、その一員でありながら、今ひとつ家族の馴れ合いに馴染むことのできなかったMaiという少年が町の映画館で殺されている事が発覚する。

「私が殺した」と自白したのは仲良し家族の一員である少女Lak。

大家族のように暮らしてきた4世帯は、この事件をきっかけに散り散りに……、ならないところがこのドラマの不思議なところで……。

殺した少女は(おそらく)服役。

少女の親(Kongwanファミリーと呼びましょう)は被害者家族(Phukhaoファミリーと呼びましょう)に多額の賠償を払う事になったにも関わらず、共に世間体を気にしてどこかに越す、ということもなく元の家に住み続ける。

被害者親族、加害者親族がその後も近場に住み続けた事が問題をさらに複雑な物にしていった。

元からDVの気があったPhukhaoファミリーのお父さんは息子の死後は酒におぼれて(10年後は酒浸りに加えて、別居中)止めに入った母を突き飛ばす。

いまだ小さいPhukhao少年は自力でこの生き地獄をなんとかする術をもちろん持たない。こんな時こそ「1つの大きな家族」として暮らしてきた近隣のお宅に駆けこんだのに、どの家もPhukhaoの助けに応じてくれない。

なぜならまさにそのタイミングでKongwanの誕生日を祝うために「大きな家族」のPhukhaoファミリー以外の面子はKongwanファミリーの家に集まっていたからだ。

兄を殺した女の妹が何食わぬ顔して誕生日を祝われて、何事もなかったかのように幸せに暮らしてる(と、その時のPhukhao少年は感じてる)。

自分はお前の家族のせいで地獄にいるのに。

「殺人」という、人生を一変させる事件に巻き込まれた被害者側と加害者側の親族が互いの状況をつぶさに観測できる距離にい続けてしまった事で、悲劇は風化する事なく、1人の少年の中でどす黒い恨みにとして煮詰まって、そして……。

という展開が2話までに語られている過去パートの出来事。

OhmさんがPhukhaoを演じる現在パートは、正直「ようやく10年後はこうなってます」という状況説明が終わったばかりという段階で物語はほとんど動いてません。

実際にところ過去パートにも???がいっぱい。

殺されたPhukhaoの兄Maiは、そもそも父ともソリが合わないしPhukaoファミリーにも大きな家族にも馴染んでいない。

だからなのかMaiの死を「大きな家族」の面々が(そしてPhukhaoの母も)悲しんでいる様子をあまり感じられません。

Phukhaoが「兄ちゃんにはお母さんがいない」という言葉を発しているので父の連れ子か?という推測も成り立ちますが、では実の母はどうしたのか?

死別かなと思ったら「会おうと思えば会える距離にいるのに会ってない」ようなので服役中という線も考えられ、だから「大きな家族」の面々も少し距離を取っているのかな、と思ったりもします。

Pluenさん演じるMaiという少年も行動が不可解で、こうなることを予想してたかのような口ぶりですし、町の映画館に向かう前に父が携わる映画の野外上映からフィルムをパクってる。

父は映画館を嫌っていたのに、どうやらMaiはGunsmileさんが演じる映画館の店員とつるんでる。

クセの強い人物が多すぎて、Happy BirthdayのTonmaiのように「全面的に共感を寄せられる」キャラが現時点でいないのが気になりますが、出だしの展開からは全体像が見通せないこの監督らしい序盤戦でした。

待て次号!