タイBL、タイドラマに浸かる日々|サバイなブログ

タイBL、タイドラマを中心にアジアのドラマ・映画について語ってます

ジョシュア 大国に抗った少年「学生運動に捧げた青春のはじまりと終わり」

youtu.be

 

香港の学生運動家、ジョシュア・ウォンこと黄之鋒の半生をつづったドキュメンタリー。

香港の学生運動家というと日本ではアグネス・チョウこと周庭さんが有名ですが、彼はその周庭さんが所属していた学生組織「学民思潮」の創設者。

学民思潮のリーダーとして同年代の仲間を束ね、2014年の雨傘革命を大きなムーブメントに導いた中心人物です。

 

人物の名前を冠したタイトルの割にこのドキュメンタリー、ジョシュアの人となりについては実は大きく掘り下げていきません。

描かれるのは学生運動のリーダーとしての一面だけで、その私生活(デモをやっていない時はどんな日常を暮らしているのかとか、好きな物はなにかとか)はほとんど描写されない。

本人を含め、関係者のインタビューはふんだんに盛り込まれているのですが、そこで彼らの口から語られるのも、あくまで学生運動の推移とその時の気持ち。

ジョシュアの落ち着いた語り口から、彼の優秀さや強いカリスマを垣間見ることはできますが、僕らが親近感を抱くような人間臭いエピソードはほとんど画面に出てきません。

 

このドキュメンタリーが興味深いなと思ったのは、映像としては学生運動の推移を追いかける事に終始してるのに、見終わる頃には「彼への親近感」を感じるようになっている事

 

 

 

この親近感を作り出してる要因の一つは「切り取った時間の特殊性」にあると思います。

このドキュメンタリーは2017年に制作された物なので、ジョシュアが14歳で学生運動を始め、19歳で学民思潮を解散するまでの期間を扱っています。つまりこのドキュメンタリーは、ある少年の「青春の始まりから終わり」までを追いかけた青春ドキュメンタリーと言えなくもない。

 

このドキュメンタリーで描かれるのは

「打ち込めるなにかを見つけた少年が、仲間と共に高みを目指し、かなりの成果を出すものの、大きな力の前に挫折する」

という普遍的な成長と挫折の物語。

 その「なにか」がスポーツやバンド活動ではなく学生運動だった。

ビラ配ったり、スピーチしたり、デモしてテントで寝泊まりしたり。

およそ僕らと接点がない行動ばかりを見てきたのに、ラストの解散パーティーで彼らの気持ちがなんとなく判るのは、誰もが人生の一時期「なにか」に打ち込んだ経験を持っていて、その経験と彼らのアクションを重ね合わせるからだと思う。

 

学生同士の他愛ない会話の節々に「やりきった」という充足感や、仲間たちと別れる事への寂しさ、実社会に出る事への不安を僕らは感じ取ってしまう。

デモやハンガーストライキの経験はなくても「なにか」に打ちこみ、そして結局は叶わなかった経験ならほとんどの人が持っているから。

 

親近感を感じる2つめの要因は、エンターティメントの文法で語られる「構成」によるものだと思います。

  

香港人としてのアイデンティティを強く持つジョシュア少年が、仲間と学民思潮を結成する第一幕

 

学民思潮が主導して国民教育の撤回を要求する前半戦を経て、世界的にも大きく取り上げられた雨傘革命の盛り上がりと挫折を描いた第二幕。

 

そして第三幕では、次のステップに進むため育て上げた学民思潮を解散する。

 

ドキュメンタリーでよくもここまで、というくらい見事な三幕構成になっていて「成長と挫折」の記録をエンターティメントとして起伏のある物にしています。 

彼らの勝利に喜んで、雨傘革命の盛り上がりに高揚し、長期戦に持ち込まれ撤退を余儀なくされる展開に歯噛みする。

まるでドラマを見ているかのように感情を揺り動かされるので、そのドラマの主人公ジョシュア(とその仲間たち)に親近感を抱かずにいるほうが難しい。

 

きゃしゃであどけない少年が、大人相手に互角の戦いを繰り広げている事への判官びいきもあると思います。

しかし、切り取った時間がたまたま「青春」と呼ばれる時期と重なったうえに、成長と挫折の過程をオーソドックスな三幕構成として構成した事で。

このドキュメンタリーは「活動家の記録」では持つことができなかっただろう彼らへの親近感を植え付けることに成功していると思います。

 

彼らの事をよく知らない。香港の事情も全然知らない。デモとか政治活動とか厄介事には関わりたくない。

自分たちの活動とあまり接点がない人たちに、ドラマのように楽しみながら自分達の活動を知ってもらって、活動への共感と支援の気持ちを持ってもらう。

そんな、この映画が制作された目的は見事に達成されているんじゃないでしょうか。

 

その一方で「これはあくまでジョシュア達、学生側からの物の見方で彼らの活動を語ったものである」ということを頭の片隅に置いて観賞するべき作品だろうな。

と当事者ではない人間としては感じた事も、一応記しておきます。

 

ちなみに彼らは2016年に解散したあと、数人のメンバーと共に政党デモシストを結成。政治の世界に進出しますが、2020年6月に香港国家安全維持法の施行を経て、このデモシストも解散しました。

現在は個人で活動をしているとの事ですが、香港での民主化運動の弾圧が目に見えて激しくなっているのは日本でも報道されています。

 

このドキュメンタリーを見たあとに僕が真っ先にやったのが、ジョシュアを含め主要登場人物の現在の安否を検索して確認すること。

どんな主張をしているにせよ、どんな活動をしているにせよ、彼らがひどい目にあっているのは嫌だなと感じたからです。

 

エンターティメントの「強さ」と「怖さ」を感じさせてくれるドキュメンタリーだなと思いました。