多くのネタバレを含みます。
チュンは中国の片田舎(なんと舗装されてる道がとても少ない)に住む痩せっぽちの少年。父も母も広州へ出稼ぎに行ったまま何年も戻らず、今は祖父と一緒に暮らしている。
春節の日。
獅子舞を見に行ったチュン少年は、チュンという同じ名を持つ獅子舞の舞手(女子)に出会い、彼女から獅子頭を貰い受ける。
仲間に声をかけ、かっては村有数の舞手だったチアンを師匠として担ぎ上げ、獅子舞全国バトルへの決勝にむけて練習に励む。
けっして裕福そうに描かれていない村の中でも、チュンと彼の仲間のマオ、ワン公は最底辺。なにかにつけてバカにされて足蹴にされて、それでも「僕の人生こんなもん」と慰めて、肩を落として生きている。
実際、序盤でチュンが手にした獅子舞も、一度もまともに舞うこともなく壊されてしまう。
「土俵にあがる事すらできず、負けている」
そんなオワコン人生を抜け出して自分の人生を切り開きたい。
意図してなのか前半は、学校に通う年齢なのに、チュン達3人の学生生活や日常生活はほとんど描かれず、ただひたすらに獅子舞に打ち込む様子だけが熱く、そしてコミカルに描かれていきます。
自分のリソースを「夢」や「想い」に全振りできる(と思い込める)のが「青春」という期間だし、実際自分のリソースのほとんど全てを振り向けないと「夢」は実を結ばないし「想い」はどこにも届かない。
獅子舞バトルというモチーフこそ斬新ですが「僕らにはできないと俯いてきた負け犬達が寄り集まって、他のすべてを脱ぎ捨てて、勝利に向かって切磋琢磨する」という筋立ては王道のスポーツ漫画と同じ流れで、決して順調ではないものの、彼らが一歩一歩自分たちの夢に近づいていくこの前半戦は疾走感もあって心地よい。
地区大会を勝ち上がり、全国への切符を手にしたチュンを思いがけない不幸が襲う。出稼ぎに行っていた父が事故に遭った。一命は取り留めたものの意識が戻るかどうは判らない。寝たきりの父を看病するため母も村へ戻ってきたので、チュン一家は収入源が途絶えてしまう。
今度はチュンが家族4人を養うために出稼ぎに出る羽目になる。
以降、物語からキラキラした青春要素は一気に消えて、常によどんだ広州市の空の下、その日を生き延びるのに必死なチュンの姿が描かれていきます。
夢があろうが、それにどんだけ打ち込もうが、多くの人にとってはそんなもので現実は変えられない。
村から持ってきた獅子頭が、その日暮らしの日々で雑多な荷物に紛れてしまうのが「夢」の無力さを印象づけます。
チュンは自分には人生を切り開く力などないと流れに身を任せそうになる。
ここで大きな役割を果たすのがチアンさん。
日常描写が希薄だったチュン達3人とは違い、現在四十半ばのチアンさんは奥さんとの関係も含めて序盤からとても細かい描写がなされています。
夢に人生を賭け、キラキラしていた時期を持ち、それでも生きるために獅子舞から離れなくてはいけなくなったチアンさんには、チュンの置かれた境遇がよく分かる。
舞手としては盛りをとうに過ぎたチアンと仲間たちの奮闘(といいつつ軽快に、かつコミカルに描かれます)が、チュンの心に再び光を灯していく。
広州での生活でメンタル、フィジカルともにたくましくなったチュンは再び獅子舞の舞手となって前例のない挑戦をする。
獅子舞に捧げた日々と託した想いは挑戦の末に限界を超える。奇跡を起こす。
その挑戦はチュンの現実を一ミリも変える事はないだろうけど。
これから厳しい現実に立ち向かうことになる彼の心の持ち方をおそらく変えたのだろうと思う。
現実はどんなに厳しくて克服できないと思えても、自分ならまた奇跡を起こせる。克服できる。そんな自信を獲得してチュンは前に進んでいけたのだと思う。
メリハリの効いた爽快感のある獅子舞演舞も必見の素晴らしい映像なのですが、青春の終わりを感傷に流れるのではなく、立ちはだかる現実への宣戦布告として颯爽と描いたラストシーンがとても印象に残りました。