タイBL、タイドラマに浸かる日々|サバイなブログ

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傍観者から当事者へ『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』

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1980年。

朴正煕大統領の暗殺に端を発した民主化運動の高まりを受け、各地で学生運動が勃発。

一方、体制を刷新した軍部は公然と政治へ介入し両者は激しく対立するようになる。

 

キム・マンソプはソウルに暮らすタクシー運転手。

娘と2人。さして広くもないボロ屋で暮らしているが、学生運動による治安の悪化も影響し、その暮らしぶりは良くはない。

口調はキツイが情のある大家の奥さんからの家賃の督促(4ヶ月分。滞納しすぎ)にも頭を悩ませていた。

 

ドイツ人のジャーナリスト、ユルゲン・ヒンツペーターは特派員として派遣されていた東京で「韓国の光州でなにかが起きている」という噂を耳にする。

真に報道すべき事件の匂いを嗅ぎ取った彼は宣教師と偽って渡韓する。

 

 

 

「パラサイト」でも登場した運転手食堂で「外国人を光州に乗せていくだけで10万ウォンがもらえる」というおいしい話を立ち聞きしたマンソプは、抜け駆けしてまんまと仕事を横取りする。

 

こうして、つたない英語しかしゃべれないタクシー運転手のマンソプと、ぬるま湯の東京でスクープを夢みていた報道記者は光州へと旅立った。

以上が物語冒頭のあらすじです。

 

子煩悩だがちゃらんぽらん。政治の事より家賃の事が彼の人生の一大事。

食うや食わずの生活なのに「韓国ほどいい国はない」と信じてる(信じたいのかも)マンソプからしたら、高い金を出してもらって街中で騒いでる学生たちは「甘えてる」としか思えない。

自然、彼の冒頭の立ち位置は学生運動や民主運動にどちらかというと否定的。

 

旅の仲間になるヒンツペーターことピーターも、義憤にかられてというよりも「ちょっとスクープがありそうなので」というノリで事件に首を突っ込んでいくる。

 

事件の当事者どころか思い入れすらない2人=視聴者と全く同じ立ち位置の人物の行動を通して光州事件追体験していくのがこの映画の核。

登場人物(そして視聴者)にとって他人事だった事件を、自分事にしていくまでの事件の出し方がまず上手い。

 

光州入りして彼らが最初に遭遇するのは軽トラに乗った学生集団。

仲間の一人が額に怪我をしているものの、田園風景も広がるひなびた田舎町の中では、どこかのどかな印象が否めない。

中盤の山場まで軍の姿がほとんど描かれない事もあって

「ソウルから記者が取材に来た」

と無邪気に喜ぶ彼らの姿に、暴徒の色は読み取れないけど、金持ちの学生の暇つぶし感を感じないでもない。

だからタクシー運転手も記者も切迫した危機を感じないまま、怪我人が運ばれた病院に向かう。

ここでも現在進行形の大きな事件は起こらない。

タクシー運転手が英雄扱いされ、記者が罵られるという周辺情報が描かれていくが、なぜかはマンソプには判らない。

 

全体像がつかめないまま、その予兆だけを見せられていく序盤から中盤は「全体像を知りたい」という欲求に加えて、マンソプのキャラの魅力で見せてしまう。

調子いいけど、根は善良な冴えない中年男をソン・ガンホが茶目っ気たっぷりに演じている。

言葉の壁のせいか同行者でもある報道記者ピーターとの絡みはさほどなく、バディ物としての引きは思いのほか強くない。

むしろ光州の学生や市民の朴訥な人柄については折にふれて描写されていて、彼らが凶暴化した暴徒なんかではなく平凡な市民であることが知らず刷り込まれていく。

 

 

 

どこかコミカルな雰囲気は、中盤のクライマックスになる軍と学生の衝突で一変。

 

衝突の全容をビルの屋上から俯瞰撮影した「神の視点」を捨てて、手ブレ満載の地上の絵に切り替わった瞬間から、マンソプにとって(つまり視聴者にとっても)光州事件は他人事から自分事に変化する。

 

他人事だから「ここが安全」とか「危ないからやめておけ」とか引いた意見を言っていられたマンソプも、当事者として軍からの理不尽を体験する事になり、深い憤りを感じるようになる。

だからといって彼がなんら力のない平凡な市民であることは変わらない。

ソウルの家に娘を残してきた中年男だという事も変わらない。

軍の理不尽と戦う光州の市民をほってはおけないという気持ちと、今まで通り見て見ぬフリをして、娘の元に戻りたいという気持ち。

悩んだ末に当事者として関わる事に決めたマンソプは、さらなる理不尽を目撃し、打ちのめされる。

打ちのめされたのはドイツから来た記者も同じ。

スクープを前にしながら現実の厳しさにカメラを構えることを忘れている。

 

共に傍観者として事件に首を突っ込んで、否応もなく当事者側に組み込まれ、彼らの現実を追体験して打ちのめされたマンソプとピーター。

当事者になったからこそ、2人の奥底に芽生える使命感。

その使命感に突き動かされたクライマックスは、アクションシーンとしては洗練された物ではないからこそ、作品のリアリティとエンターティメントとしてもワクワク感を両立させる事ができていると感じた。

 

実際にあった事件を茶化すことなく、軍への強い憤りを訴えながら、緊迫感にあふれたエンターティメントとして仕上げられた韓国映画「タクシー運転手』

現在、ネットフリックスやアマゾンプライムビデオなどの動画配信サービスで閲覧が可能です。

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(吹替版)