「それでは隊長。ご指南どうぞ、よろしくおねがいします」
両手を顔の前で合わせると少し頭を傾ける。うやうやしく見えるように、なめらかな動きで、ゆっくりと。人生の先輩に最大限に敬意を払ってる……ように見せかけたい。
そのままの姿勢で3秒数えて、頭を戻した。
隊長は噛み殺したような笑みを浮かべてて「あざとい」って呟いた。
でも嫌いじゃないくせに。
「で!どうすればいいの?」
2人がけのテーブルを2席くっつけた4人席。僕と隊長は斜向いに座ってる。
テーブルの上には頼んだばかりのファーストフード。 長方形のトレイには、ハンバーガーにMサイズのドリンク、そしてフライドポテトと謎の四角い小袋が。
「コイツの端を切る」
隊長は大きくて(でもその割に細くてきれいな)指で、つまんだ小袋の端をそろそろと切りだした。僕も彼にならう。
「慎重に、Tian。力任せに引っ張ると粉が飛ぶ」
「わかってますよーっと。で、次は?」
「この中にそれを入れる」
「ダーッと?」
「ダーッといく」
「ダーッ」
ポテトの袋に、小袋の中身をぶちまけた。ほんのり鼻をさすラープの香りが食欲を誘う。
ポテトの袋をちらりと見た。
「ここだけ辛くなっちゃわない?」
「だからふるんだ」
「ふる?」
苦笑いを浮かべた彼は「よく見てろ。おぼっちゃま」と袋の上をギュッとねじって閉めた後、袋を上下左右に振り始めた。動きに合わせてシャカシャカという乾いた音が小気味よく響く。
「20秒くらい、ふって混ぜればできあがり」
「楽しいね!これ」
自分の分をシャカシャカした。
「無心になっちゃう」
「袋が裂けるからそのへんにしとけ」
「ほーい」
袋を開いてトレイに置いた。オレンジ色のパウダーをまとった細長いポテトの1本をつまんで「ん」と隊長の口元に運ぶ。
「Tian」
「授業料」
軽く動揺した隊長は、素早く周囲に見回している。
「早く。指が熱い!」
隊長はパクッとポテトに食いついた。僕はふたたび袋に手を入れ、今度は自分の口に放り込む。
「おいしいね」
「その歳でマックを食べた事がないなんて」
「ふるやつが初めてなだけですよ!普通のはあるよ」
「ケチャップをつけると、少し複雑な味になるぞ」
隊長はケチャップに先を浸したポテトを口へと運ぶと「やるか?」とケチャップをよこしてきた。特に長めの1本を、真ん中から2つ折りにして両端をケチャップにどっぷり浸す。
「どうだ?」
「悪くないよ。僕はそのままのほうが好きだけど」
「そうか」
「うん」
すぐに次の話題が思いつかなかったから、なにも言わずにポツリポツリとポテトをつまんでは口に運ぶ。隊長はほおづえをつき、窓の外をぼんやりと見てる。
2人でいても、言葉を交わさずにいる時間が少しずつ増えてる気がする。
そんな時間の過ごし方も「落ち着く」って思えるようになってきたのは、良いことなんだろなって……。思うんだけど。
「……くるのは」
「ん?ごめん。なに?」
会話は自然に消えていって、そして突然再開する。隊長の発した言葉に一気に現実へと引き戻された。
「戻ってくるのは10日後か?」
「うん。検診のあと少し実家に寄っとかないと。お母さんが心配するし」
「お父さんにもよろしく伝えといてくれ」
「うん」
「ま、あれだ!なにごともないとは思うけど」
「ないよ。もう何年もやってるけど、最近はなにも言われないもん。年に一回、形だけの定期検診です」
「そうだよな」
「心配?」
隊長が僕の視線をかわす。
「Pha?」
この呼び方は、実はまだ少し照れくさい。
「ねぇPha。心配?」
「……。ちょっとだけな」
「めちゃくちゃ心配ですって顔に書いてある気がしますけどね」
「どうやらおぼっちゃまは目に問題を抱えてるようですね」
「……。Pha。僕はちゃんと帰ってくるよ」
「Tian」
「何事もなくPhaのところに戻ってくるから。心配しないで」
あざとい(君が言ったんだぞ)僕は、上目づかいで隊長を見つめる。固く結ばれた彼の唇が、かすかに震えてるのが分かる。そして隊長は。
「ぷっ!」
と、吹き出した。
「ごめん。Tian」と言いながら手の甲で笑いをこらえてる。
「せっかくいいムードにしてみたのに」
「すまん、でも俺のせいじゃ」
「僕のせいなの!」
隊長がうんうんと頷いた。笑いをこらえたその顔は赤い。
「お前が」
「僕がなにさ!」
「お前が、口にケチャップつけたまま、そんな事言うから」
ついに隊長は大声をあげて笑い出した。
ほ・ん・と・う・に?
いつ、どこにくっついたんだろう?口元を探ろうと手をのばしたその時、店内のスピーカーから搭乗開始を知らせるアナウンスが流れだした。
脇腹を抑えた隊長が「時間だ」と笑いの混じった声で言う。
「ちょっと待って、ケチャップ!」
「おれが」
と……。隊長の指が伸びてきて、僕の唇の下を強くなぞった。
身体が熱くほてってるのは自分の失態が恥ずかしいからで、べつに隊長のせいなんかじゃ絶対なくて。
「とれた」
隊長は赤く染まった指をこれみよがしに僕に見せて(いいよ!そんなもん見せてくれなくたってさ!)勝ち誇ったように微笑んだ。
「……。自分でやったのに」
「余計なお世話で、もうしわけない」
と言いながら、隊長は拭ったケチャップをぺろりと舐める。
「うん、いい味だ」
なにもなかったような顔をして、隊長は僕の鞄を勝手にかつぎあげると、僕に背を向けて、1人ずんずんと歩き出した。
けっとばすぞ!
おしまい
お楽しみいただければ幸いです
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